遅くてもやらないよりまし

シングルマザーの会社員の日々の考えごと

流行り病のこと

 

少し前に、健康診断の精密検査で胃カメラをするために1日有休をとった。

一昨年から度々検査で引っかかる食道と胃のポリープは、その後大きくなっていなかったので様子見になった。昨年取った生検も良性だった。

 

何事もなかったので職場に翌日戻ったら…

 

向かいの席の人がコロナになり

隣の人が風邪をひき

上司が手足口病でダウンして

お子さんがマイコプラズマ肺炎になった人もいて

 

事務所、スカスカ。

 

なんという流行り病のフルコース…

 

今回は私は元気である。

 

もしかしたら、胃カメラでいなかったことで、うつされず事なきを得た可能性もある。

 

人それぞれどんなときもある。

私も普段子どものことなどお休みをもらうことが多々あるので、頑張れるときは頑張る。

 

 

 

たまに他の人の仕事を代わりにやると、何となく新鮮な気持ちになるので面白い。

 

そして昨年入った新人さんの仕事は随分と穴が多く、たまに代わりに引き受けると、それを直すところから始めないといけない。

 

しかも完治して戻ってきた途端、また自己流に戻そうとしていたので、多分また間違えるだろう。

 

でも、客先に影響があるところは厳しく言い続けるが、それ以外は任せる以上はお任せでいいや、と思い直した。

 

要所さえ外さなければ、大抵のことは、なんとかなるのだ。

 

健康第一で午後も頑張る。

 

ユーミンと高速道路と夕焼けと

…小さい頃のことをふいに思い出した。

 

父が運転する赤いオンボロな車の後部座席で、私は窓の外を見ていた。

カセットテープだったのかラジオだったのかは分からないが、ユーミンの「Anniversary」という曲が流れていた。

ちゃんとした曲名は、少し年を取ってから知ったが、父がよく聴いていたのだけは覚えている。

 

高速道路だから窓は開けていないけれど、風が入ってきそうな空気感、さわやかな夕暮れだった。

単に車がボロかっただけの可能性も、あるのだが。

 

空がオレンジ色と水色と紺色のグラデーションを作っていた。

 

高速道路独特の緑板に白字の行き先表示を見て、行ったことがない「仙台」や「東京」の街を想像した。日が暮れても明るいってホントなのかな、と。

…父は「お父さんは今度東京へ行くんだ」と言った。

 

父は自由な人だった。

突然アメリカに長期出張したり、グロリアという車を買ってすぐに擦って泣いていたり、借金をして、後に小学校に入学した私まで黒いスーツのお兄さんに行き帰りに付きまとわれる羽目になったり。

最後はとうとう高校時代の元カノと不倫して母や私たち子どもを捨てて再婚しちゃうようなダメ男の鑑のような男だったが、一緒にいたときは一応、父親の真似ごとくらいはしてくれていたと思う。

 

今思えばファッションセンスは皆無だった。

袖部分だけメタルグリーン、白地で背中に神龍みたいな刺繍があるスタジャンと、パーマをかけているかのようなくるくるなくせ毛。

申し訳程度に付けている左手の薬指の指輪。

顔はうろ覚えなのにその3つは記憶にある。

手を繋いで盛岡を歩いたときの夕焼けと、セットの記憶だ。

 

今ごろ、どこで何をしているのだろう。

再婚してから次々生まれたと聞く私の異母妹か異母弟も、さすがに成人しているだろうから、孫に囲まれておじいちゃんっぽいことをしているのだろうか。

記憶の片隅に、私のこと、残してくれているだろうか。

ベリーショートで、父とデザインが同じ、袖だけ赤の、背中に花の刺繍が入ったスタジャンを着た私のこと。

それとも、新しい家族で上書きしたのだろうか。

「お父さんは、運命の相手を間違えたんだ」と、言っていたから。

 

 

 

愛車に乗って、息子たちと夕暮れの高速道路を走りながら、突然蘇った記憶に動揺したと同時に、少しだけ父に会ってみたくなった。

 

30年以上経った今、ほんの一瞬でも、私のこと、どこかで思い出してくれているのなら、きっと私の中の幼い私はニコッとする気がする。

どんなにバカでも、大嫌いにはなれないのだ。

 


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※次男撮影

敵、それは納豆

今週のお題「納豆」

前にも多分同じことを書いているが、私が唯一口にすることはおろか触れることも出来ない食べ物が、納豆である。


触るだけで手が痒くなる。二十歳過ぎたくらいから、そうなった。

それ以前からも、食べると体がだるくなり、場合によっては蕁麻疹も吐き気も出る。


では、大豆アレルギーなのか?というと、そうではない。


豆腐も豆乳も、大豆そのものも、全くもって平気なのだ。

納豆だけが、だめ。
ネバネバを触ると、だめなのだ。

私の母の話では、5歳くらいまでは食べていたらしいのだが…後天的にだめになったらしい。

何故なのだろう?理由が思い出せない。

もはや今となっては味も思い出せない。


一方で、息子たちにとっては好物なので、私が体調を崩さないよう、彼らが納豆を食べる日は、厳重な準備が必要だった。

手袋をしたり、パックを新聞紙に包んで捨てたり。

少し彼らが大きくなった今は、私の体質を理解してくれ、茶碗を洗うのなどもしてくれるので、うっかり触って手指が不快になることも無くなって助かっているが、小さい頃はなかなかそうもいかず、実家の母がいるときなど以外は食べさせない、という時期もあった。


そんなわけで、今より幼かった彼らと回転寿司店に行ったとき、


「ねえ!母さん!今日は食べたいだけ納豆巻き食べてもいい?」
「わーい!嬉しいー!滅多に食べられないから嬉しい!納豆食べられるー!」


と、まあまあでかい声で息子たちに喜ばれ、周囲の目線が気になってしまったことは、申し訳なさも相まって私の苦い記憶として残っている。

憧れるのはやめましょう(大人が)

岩手のヒーロー、間違いないくらいのスーパースターの大谷翔平選手。

 

連日の活躍を見て、尊敬の気持ち、感動する気持ちにさせてくれて、どんよりしたニュースが多い中で数少ない明るい話題をもたらす存在。

 

しかし。敢えて彼の言葉を借りて、その時の彼の意図とは違う意味合いで言いたい。

 

憧れるのはやめましょう。(大人が)

 

正確に言えば

 

大人が憧れすぎて、子どもにそれを押しつけるのはやめましょう

 

という感じだろうか。

 

 

 

少し前のこと。

 

スポ少や学校のことで色々と落ち込んだ長男は、朝になると体調を崩して登校を嫌がり、学校も数日休み、スポ少も今までで一番長く休んだ。

そのままやめてしまおうか、とスポ少は思っていたが、あと1年足らずで卒業ということや、まだ続けたい気持ちも一応あることから、ひとまず休むという形に留めていた。

 

そんな息子に対して、私以外の周囲の大人もたくさん気にかけてくれて声をかけてくれてありがたかったのだが、何故か多かったのが、

 

大谷翔平選手の本を貸してくれる(そして感想を聞かせてと言われる)

大谷翔平選手の子どもの頃のエピソードを聞かせてくれる

大谷翔平選手だったらどう乗り越えるかな?と問う

これを乗り越えたら大谷翔平選手みたいになれるよ!強くなれる!という励まし

 

…と、見事なまでに大谷選手に絡めたアプローチだった。

 

おかげで、一時期大谷選手関連の本が3冊ほど家に溜まった時期があったのだが…

 

 

これに対して息子はどうなったかというと。

 

「みんなして大谷大谷って!オレはそんなにすごくない!オレは大谷じゃない!オレだ!」

「あんなにすごいところ目指せって言われても、今、何か分かんないけど具合悪いし、スポ少だって頑張って下級生をまとめようとしても怒られる、どんなに正しくたって怒鳴られるのはもう嫌だ!」

「上手く出来ない!なんにも楽しくない!勉強も知らない!ムリ!うるさい!ほっといて!」

 

…と、本を玄関に放り投げて、剣道の道具をしまい込み、同じように好きな野球もテレビで流れると消すくらいに荒れた。

 

私は息子の気持ちが少し理解できた。

そりゃそうなるよなー、と思った。

 

大活躍している大谷翔平選手を見ていたら、あんな風になってほしいと思うだろう。

何年か前までは、同じ岩手にいて、同じような景色を見ていた少年が、今は世界的にも一流の選手になっているわけだから。気持ちは本当によくわかる。

 

でも、最初からてっぺんを目指すなんてムリだ。

 

 

大人だって、仕事で壁にぶち当たったりパワハラ上司に辟易して体調を崩している時に、一流の成功しているビジネスマンの話や本、記事を渡されて、その人を参考にして目指してみよう!幼少期のあれこれを参考にしろ、がんばれ!と言われたら心は折れないのだろうか?

…目標高すぎない?今はそれどころじゃないよぉ…となりそうな気がする。

 

 

間違いなく、大谷選手は素晴らしい。

大谷選手の親御さんもきっと素敵な方々だ。

憧れるのは当然だ。

見習いたいのも分かるのだ。

 

でも、それはそれ、なのだ。

 

憧れてばかりいるのはやめて、同じフィールドで戦おうよ!という意味合いで言えるのは、同じレベルにもう少しで手が届きそうな人たちなのであって。

 

遥か彼方、まだまだ遠く先にいる対象に、憧れだけが一人歩きしすぎるのは、ちょっと危うい。

 

目の前の今、目の前の「我が子」を具に見ていかなくては、と思った。

 

息子はおそらく、息子本人を見て息子のためのことばをかけてほしいのに、何でもとりあえず手近な成功例である大谷選手に置き換えて、それらを置きに来た(ように見える)大人に嫌気が差したのだろう。

12歳なんてまだまだ子どもなので、その先の細かい意図など、完全には読み取れなくても、仕方ない気がする。

 

それでも季節が2つ変わった今、息子は野球、大谷選手をテレビで見て、すごいなぁー!と驚き笑えるようになっているし、学校もスポ少も復帰できたから、一番しんどかった時期は一旦抜けたのかも、と安心している。

 

正直私も辛かったのだが、子育てはまだまだこれからも続く。へこたれてなどいられない。

 

 

大人の私の立場としては…大谷選手の本を貸してくれた方の気持ちを慮ると、それはそれで分かる部分もある。

きっと息子も、時間が経てば分かるだろう。

 

 

行きつ戻りつしながら、その時々の「今」の最善を探しながら、どうにか日々を過ごしていく。

アウトプットして手放す

少し前に、息子の大会に付き添った。

 

たくさんの人が色々なところから参加していて、どこへ行っても人がたくさんいた。

 

たまたま通りかかったところで、保護者か監督か分からないが、大人からチームメイトと思しき2人に、試合に絶対に勝ってこい、足を引っ張るなとあれこれ指示を出していた。

怖い声色で「相手を潰す勢いで行って来い」ということばが、背後から聞こえて来た。

私は、息子の支度の手伝いでバタバタしていたが、妙に耳に残り何となく嫌な気持ちが残った。

 

そのあとそのチームは負けてしまったのか、子どもたちが暗い顔で、どちらからともなく手を握り合って、自分たちの場所にとぼとぼ戻る姿が遠くから視界に入った。

 

たくさん、たくさん人がいたのに、やけに脳裏に焼き付いた光景だった。

何日経っても少し思い出すのが嫌なので、ブログに書いてアウトプットして、ココロの中の風景を解放して解決させようと、思った。

 

前にも書いたが、スポーツは相手あってのものだ。勝ち負けももちろん気になるのだが、それより大切なものもあるし、相手への敬意も必要だ。

スポーツを通じてコミュニケーションを学んでいる部分もあると思うのだ。

そりゃ結果は出したい。子どもなら大人よりもっと貪欲かもしれない。

でも、結果に固執して他のことが見えないのはもったいないし、それを教えるのは大人の役目だ。

 

子ども以上に熱くなりすぎて、過剰に圧力をかけたり過度な指導をしたり、頭ごなしに怒鳴りつけたりするのは、時代に合わないし、そこに正論が含まれていても、それは違うと思っている。

 

これはあくまでも私の考えで、周りに強制するのは違うと思うので、息子のことは今のところ指導者に委ねて見守るスタンスを貫いている。

しかし、今までもこれからも、競技は何であれ、息子たちを指導する人がそういう態度、要求を押し付けてくるなら、私は許せないし許さないと思う。我が子のことは、私の地雷だ。だって親だもの。

 

北風と太陽、とはまた違うかもしれないが、厳しくストイックに圧をかけて、誰にでも同じ形を貫くやり方よりも、ふわりふわり力を抜いて、その時々で形を変えて、トライ&エラーしながら、原因や理由を考えながら進みたい。

(それでも時々、北風どころかゲリラ雷雨並みにどぎつく叱ることもあるにはあるのだが…。完璧なんて無理だ…)

 

発達障がいグレーと黒の息子たちなので、北風系のやり方をする人に嫌な顔をされがちなのだが、我が家は我が家。

 

もやもやはこれで書き終わり。

一件落着。一段落。

 

ここ最近の日記に度々出てくるキーワード「ふわりふわり」「ひらりひらり」という感じで、これからも子どもたちのことを見守りたいし、伸びる助けになれたらいい。

たくさんの人に、感謝しながらまた明日を待つ。

変わりたい


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秋の景色。

 

長男の撮影センス、いいなぁ。

 

ここ数日、会社四季報を読むのが面白くてたまらない。

世の中には色々な会社があって、それぞれが試行錯誤しながら新しいことにチャレンジして利益を出して…そうして世の中が回っているのだと、当たり前に今まで動いていた世界を改めて知ることができる気がして。

 

どんな会社だから勝ち組だとか負け組だとか、そういうことも見方によってはあるのかもしれないが、名の知れた大企業も、初めて知った小さな会社も、同じ大きさの同じフォーマットの枠の中に平等に情報が載っているのが面白い。

 

この年だからもう何も新しいことなどない、と諦めてはつまらないので、お金のこと、世界のこと、もっと色々知ってみたい。

 

変わりたい願望、ってやつだ。

 

 

学校行事の立ち回り方

学校行事が苦手だ。

他の親が苦手なのだ。

話すことが天気しか浮かばない。

 

…そう思っていても、行事は必ずやってくる。

 

毎回メンタルをすり減らしていたが、ここ半年くらいでやっと立ち回り方を身に付けた気がしている。

苦手を得意にするのは諦めた。

テキトーにやりすごす。

 

一言で言うなら、無理によその親と話す必要はない、関係希薄で構わない、と割り切った。

他の保護者と友だちになる必要などない。

そもそも今の住んでいる土地は私の地元でもなく、まだ移り住んで十年にも満たない。

保護者の中には、昔からの同級生同士みたいな関係性の人たちや、子どもが保育園幼稚園くらいの頃からの付き合いの人たちもいるが、私は新参者だ。どうやっても関係性の浅さは埋められっこないなら、それで良いと諦めてしまえば良いのだ。

 

先日ちょうど学校行事があったのだが、ぼっち上等で出かけていったら、何とも気楽で、気疲れせずに済んだ。

 

近くでは、仲良し集団の保護者さんたちが色々話していたので、聞き耳を立ててみた。

 

とあるグループでは、とにかく悪口と下ネタ。

〇〇さんとこは育ちが良くない…とか、✕✕先生は若さがない…とか、旦那のアレが…とか、聞くに堪えないので移動した。

悪口を言う人たちは美人な顔立ちでも口が曲がって見えるから不思議だ。

息子の習い事つながりの親にも、誰かの悪口を言って排除しようとする人がいたが、そういう人は子ども同士のトラブルで必ずといって良いほどモンスター化するので関わりたくない。関わらない。

 

 

 

移動した先の近くにいた別のとあるグループでは、去年から塾に通わせててーとか、模試の判定が…などなど…中学受験のあれこれを情報交換していた。

普通に学区内の公立中学に進学させる予定の我が家には無い、新しい情報と世界の話。

へぇー!知らなかった!とココロの中で驚きながら聞いていた。

もしかしたら、次男の気質や性格なら地元の少し荒れている中学よりお受験もありかもしれないとか、少し視野が広がった。

あとは…お金か。

色々あるんだなぁ。知らない世界。

 

自分が知らないことを教えてくれる誰かは、貴重だ。

自分の心を荒ませる何かを与えてくる誰かは、ヒラヒラ回避。でも、一人の頭で考えるより、色んな視野が増えるのは、大切だ。

 

たまには、良いかも。学校行事。